奈良国立大学機構

 「喚起・融合・交歓により「総合知を構築する力」を育み、磨き合う学修システム-『奈良カレッジズ学問祭』を核とする3つの取組-」への期待と、三菱みらい育成財団の目指す「21世紀型 教養教育プログラム」について(令和5年8月28日(月))

 奈良国立大学機構は、三菱みらい育成財団より、「喚起・融合・交歓により「総合知を構築する力」を育み、磨き合う学修システム-『奈良カレッジズ学問祭』を核とする3つの取組-」に対して760万円の助成を受けています(カテゴリー4(大学・研究機関等、NPO・教育事業者等が「21世紀型 教養教育プログラム」を開発・実施するプログラム)。
 今回、三菱みらい育成財団の妹背正雄常務理事をお招きし、取組の一つである「学問祭」をご覧いただくとともに、助成にあたっての期待や目指すべき教育などについて対談を行いました。
 
(以下、敬称略)

-奈良国立大学機構の取組について-

宮下: 奈良教育大学と奈良女子大学は法人統合して奈良国立大学機構となりました。地理的には遠くない距離にありますが、教員養成大学と女子大学という異なるミッションをもつ2大学が協働し、両大学学生のために質の高い教育を行う努力を重ねているところです。昨年は、機構のミッションの一つに「文理統合的知性の涵養と高度な専門教育により、総合知を持つ人材を育成し、特色ある高度な学術研究を推進する」を掲げました。そして、この三菱みらい育成財団の助成を受けることにトライしました。私たちの取組をご理解いただき、本当にありがたいと感じています。
妹背: 当財団の選考委員の先生方も財団助成のカテゴリー4に掲げる「21世紀型教養教育」の理念に合致したプログラムである ことはもちろん、計画がさまざまな観点から工夫され、具体性が非常に高い点を評価されていました。
宮下: 貴財団が刊行された『教育が変われば、社会が変わる:三菱グループの教育財団が本気で教育に取り組んで見えてきたこと』を拝読して、奈良国立大学機構としても、三菱みらい育成財団と一緒に日本の教育や教育政策の在り方について考え、改善に貢献していきたいと感じました。中でも、奈良国立大学機構は「総合知」を活用できる人材を育成したいと考えています。「総合知」の概念ははっきりと規定されているものではありませんが、学生には、大学在学中の数多くの学びに加えて、経験・体験などにより得た知識をつないで、新たなものを生み出す力を身につけてもらいたいと考えています。さらに、その力を養う過程は、みんなで楽しく学び合い、創造的な活動にしたいと考えています。それらを具体化したのが今回申請した取組「喚起・融合・交歓により『総合知を構築する力』を育み、磨き合う学修システム」です。その中心的な取組である「学問祭」は、あたかも大学祭における模擬店のように、様々な分野の講師による魅力ある講義が一話完結で開講され、学生はその中から興味のあるものを複数受講し、それぞれの学びを融合させて新しく導いたり発見したりした「知」をレポートにまとめて提出するものです。本事業では、この学問祭のほかにも他学部との学生と刺激を受け合う「教養教育科目の連携開設」、学問祭での学びの成果を発表しあう「レポート合評セッション」、普段の学びや気付きを結び付け、組み合わせたレポートを評価しあう「総合知育成コンクールH2O」など、様々な取組を複合的に実施することで、「学問は楽しい」「学問の根っこはつながっている」といったことを学生に伝えたいと考えています。
小川: 学生の自主性を重んじる取組となっています。単位になる取組もありますが、主軸は自由参加の取組です。「おもしろい」「参加したい」という気持ちをかき立て、主体的な学びをする学生を増やしていきたいと考えています。具体的には、宮下学長から言及のあった「レポート合評セッション」「総合知育成コンクールH2O」や「総合知ギャラリー」があります。まず「レポート合評セッション」ですが、これは学問祭での学びを反映したレポートを自薦・他薦してもらい、ピアレビューで批評しあうもので、学生同士が刺激を与えあう相乗効果も期待しています。魅力的なレポートをのちほど説明する「総合知ギャラリー」において展示するなど、相互の刺激を持続させる工夫も考えています。いっぽう、「総合知育成コンクールH2O」は、後期に開催するものです。各自の普段の専門・教養の学びや日ごろの気づきを自在に越境しつつ結び付けた、総合知的な自由研究レポートやエッセイを提出しあい、互いに学びあう取組にできればと考えています。"H2O"というネーミングは、水素と酸素から水が生成される不思議さや驚きを"総合知"の創造過程になぞらえたものです。また、「総合知ギャラリー」は助成金を活用して、おしゃれで、学生が気軽に集える場にしたいと考えています。学生が集う仕掛けとして、図書、学生の作品、さらには上手くいかなかった研究の事例などもあえて展示し、議論のきっかけをつくりたいと構想しています。
宮下: ここまでが、奈良国立大学機構における取組の紹介です。まずは、三菱みらい育成財団として、本機構の取組に期待されていることや取組に関するアドバイス、本日の感想などをお聞かせいただきたく思います。
妹背: さきほど、学問祭の1コマ、加藤久雄先生の講義をお聞かせいただきましたが、貴学がこのプログラムで目指されているものが、具体的な形で実感できる講義で、内容もたいへん興味深いものでした。専門の異なる先生方からの質問を受けたやり取りも含めて、楽しませて頂きました。また、理事長自らも積極的に参加され、質問もされて、理事長ご自身が「総合知」の学びを地でいき、表現されていることにも感銘を受けました。学問祭の講義は、様々な分野・所属の先生方の多彩なテーマがちりばめられているように思いましたが、企画段階ではどのような工夫をされているのでしょうか。
小川: 講師は、奈良教育大学から5名、奈良女子大学から5名、奈良国立博物館・奈良文化財研究所・奈良先端科学技術大学院大学・奈良工業高等専門学校といった奈良カレッジズ関係機関や奈良国立大学機構のアドバイザリーボードから5名をお願いしています。特に学内の先生方は公募形式でやる気のある先生方が手をあげてくださり、自らが楽しんで取り組んでもらっています。
妹背: 学生の皆さんだけではなく、担当する先生方も、主旨に賛同して、自主的に取り組んでおられるのですね。本当に多岐に渡る分野が開講されているように感じます。
宮下: 奈良県には、ほかの県にあるような国立の大きな総合大学はないけれど、奈良国立博物館、奈良文化財研究所、奈良先端科学技術大学院大学、奈良工業高等専門学校があり、それらを奈良国立大学機構が核となって連携を強め、奈良で過ごす両大学学生に奈良でこその学びや領域を超えての学びを提供したいということも、法人統合のねらいの一つでした。
妹背: 榊理事長のおっしゃる「奈良でこその学び」「総合知」そのものを現した取組ですね。



-企業としての立場から大学での学びに求めること-

宮下: 少し話題は変わりますが、貴財団は「これからの教育は『心のエンジンの駆動』が鍵」と捉えておられますね。それに当てはめると、奈良教育大学の使命は、子どもの心のエンジンを駆動させることのできる教員の養成、ということになりますし、奈良女子大学は、心のエンジンを駆動させることのできる女性リーダーの育成、ということにもなります。まず、企業としての立場から、教養教育に求めるものについて、お聞かせいただきたく思います。
妹背: 世の中が不確実で多様化している中、それぞれの現場で、自ら課題を認識し、答えのない問いに対して主体的に考えていく必要があります。大きな問題について考えるのは、会社の中でもトップ層など一部の層だと思われがちです。しかし、セントラルで誰かが考えるだけでは、組織としての力が発揮できません。それは大企業でも中小企業でもどの会社でも同じです。組織の強さは、誰かが考えたことを実行するのではなく、自主的に考えて動ける人がどれだけいるかが大事だと考えています。大学には自主的に考えて動ける力をもった人をぜひ育ててほしいです。また、世の中はどんどん変わっていきます。新しいことを学び続ける力が必要です。今どのように変わりつつあるかの風を捉えて、自分で考えて提案できる人材が必要です。アカデミックな環境の中で、今回の奈良国立大学機構の取組を通じて、楽しんで学び続ける力を身につけて、社会に出てほしいと考えています。
宮下: 組織や社会を変えていくためには、一人だけの力では難しいです。みんなで協力していくことが必要です。ですから、大学時代には自分の専攻とは異なる分野を学ぶ学生同士の交流が必要だと感じています。コロナ禍の影響で、人と会って話をするコミュニケーションや、相手の機微を感じ取ることなどが苦手な学生が多くなってしまっているように感じています。
妹背: 企業でも一人ひとりが知見を持てる分野は限られてきますので、得意分野の異なる人の知を融合させる必要があります。その際、公式の会議だけでは、なかなか新しいアイデアは生まれてきません。企業はオフィスを工夫するなど、いろいろな仕掛けをして、人が集まる場を作っています。自然な出会いやリアルな会話は、情報量がオンラインとはかなり異なります。企業も、新しいものを生むきっかけをつくれる人材を求めています。



-高校生への「総合知」の普及について-

宮下: 文理を越えた「総合知」の学びは、今後高校生にもぜひ広めていきたいと考えています。
妹背: 三菱みらい育成財団では高校も数多く支援しています。学習指導要領でも求められている「主体的・対話的で深い学び」を実現しているのが、高校における探究的な学習だと感じています。財団で接した好事例から、「教えることを手放す」ことをキーの一つとして掲げています。しかし、高校の先生方は、自身が生徒だった頃には探究学習の経験もなく、どうすれば教えることを手放すことができるのか、手探りの状態です。高大接続の観点から、アカデミックな強みを持つ大学に、先導して実現に向けたアシストを期待しています。高校の先生方からは、大学の教員の研究経験をもとにした探究学習へのアドバイスを期待する声をよく聞きます。
宮下: 宮下:奈良教育大学の柱でもあるESD(「持続可能な開発のための教育」)ですが、それを実践するにあたっては教科書もなく指導書もないので、「どう指導したらよいかわからない」という現場の先生方の声をよく聞きます。けれども、持続可能にしていかなければならないものごとは生活や環境の中にあふれていて、先生自身もそれを見つけ、課題や教材として準備し、子どもと一緒に解決に向けて取り組むことができれば、本当に楽しくやりがいのある実践になっていくものです。
妹背: 教員も自らが気付き、楽しむことが大事ですね。
小川: 大学教員も自分の研究の話をしているときが一番楽しいと感じている方が多いと思います。今回の学問祭で、さまざまな専門の教員が自らの研究を楽しそうに語る姿に接することができるのも、学生にとってもとても有意義だと感じています。



-学問祭を視察して-

妹背: 本日学問祭を視察して、あらためて、奈良国立大学機構が目指すものが形になった取組だと感じました。
小川: 学内広報を重視しています。
妹背: 取組を学生に訴求することはとても大事ですし、学内関係者にも広く知ってもらうこともとても大事だと思います。
小川: 「学問祭」というネーミングは、調べた限りでは諸大学での使用の例がなく、独自のものになっています。
妹背: 「学問祭」はシンプルかつ伝わる言葉で、聞くと自然ですが、なかなか思いつかない、コロンブスの卵のような言葉ですね。
小川: 今回、三菱みらい育成財団に助成いただき、「学問祭」を中核とした取組を拡大できました。
妹背: 財団としても、プログラム全体の完成度の高さ、いろいろなプログラムを組み合わせた取組、学生が参加したくなるような工夫を評価しています。
宮下: 学問祭自体の参加者も、昨年度より今年度のほうがかなり増えています。オンラインでの参加も多いのですが、講師や受講生が直接交流しあって学ぶことが大事なので、対面受講者をもっと増加させる方策も考えたいと思っています。
妹背: オンラインでの参加はどれくらいの人数ですか。
宮下: 講義により異なりますが、100名~150名がオンラインで参加しています。
小川: 開催時期が帰省時期と重なっていることもあり、オンライン参加が多くなっているように思います。
妹背: 本日、学生の皆さんの様子を拝見して、楽しんでいる方が多いと感じました。特に学校教員になる学生が知的に楽しめる素地が培われる環境を提供できているのは良いですね。例えば、高校の教員自身も専門の教科に限らず、いろいろな分野にまたがる答えのない問いについて、どのように生徒をファシリテートするかを楽しみながら取組むことが大事だと思います。
小川: さきほど、企業が必要とする人材として「答えのない問いに各現場で主体的に答えることができる人」というお話がありましたが、これはまさに学問や研究の場合において重視されていることと同じです。大学で学術を重視して育った人材が、どこの世界でも通用し活躍できるとわかり、安心しました。
妹背: 企業に入社後も、ずっと学び続ける必要があります。目の前の課題を解決するためには、学びが必要です。自分の中にあるこれまでの学びを結び付け、広い視野で考えて、アイデアを生み出すことが必要です。
宮下: そのように考えると、大学教員自身も「総合知」を身に付ける必要がありますね。ゼミの先生が専門分野を越えて研究することを楽しんでいる姿を学生が見たら、きっと学生の学びも拡がり、深まるように思います。




-他のカテゴリーとの交流について-

宮下: 他のカテゴリーに採択された機関との交流やネットワーク形成についてお話しいただければと思います。
妹背: 小川先生にもご参加いただいた「リアル交流会」も交流・ネットワーク形成の一手です。高校の先生、NPOの職員、大学教員などの皆さんに、所属や役割を離れた「素の自分」で、フラットに意見交換していただくため、例えば、名刺交換なしで、所属や肩書を明かさず、「自分オリンピック」と称して、好きな色のクレヨンで「○」を5つ描き、「○」の意味、色の意味で、自己紹介して頂くなどの工夫をしています。財団としてもネットワーク形成に力を入れています。


-大学として社会に貢献できること-

宮下: 両大学の教育改善のみならず、日本の教育をより良い方向に変えていけるような発信をしたいと考えています。
妹背: 大学には多彩なリソースがあります。多様な研究者がいます。それは高校の先生がうらやむものです。奈良国立大学機構では、先生方自身が楽しみながら、取組を進める素地があるように感じています。それらを活かして、大学の知を高校などに還元いただけるとよいのではないかと思います。
宮下: 教師不足は、今、我が国が抱える大きく深刻な社会的な課題です。企業の立場から教員養成大学に求めることはありますか。
妹背: 学校が自身を社会に開き、社会も学校に入っていくことが大事だと考えています。企業のビジネス経験者が学校教育に参画すること、社会人経験を経て学校教員となることも大事だと考えています。また、学校現場は何でも自分たちで背負おうとし過ぎる傾向があり、外部の力の活用が必要と感じています。起業家など「本気の大人」と触れ合う機会、社会課題の現場に足を運ぶ機会が、子どもたちにとっては重要だと思います。ただし、子どもたちそれぞれによって、心への響き方、タイミングなどは異なりますので、数多くの機会を設けることが必要だと思います。
宮下: 教師を目指す学生には、学問的な教養に加え、広い視野と社会性を身に付けてほしいと願っています。例えば、民間企業でのインターンシップ的な体験や留学など、そういうことができる時間のゆとりが今の学生には必要ではないかと感じています。
妹背: ゆとりはとても大事ですね。学校の先生にとってもそれは大事ですね。学校の先生方は、企業社会にないものをお持ちです。教員が企業に入ることで、企業側も気づきを得られると思います。違うものを相互に持ち込むことで、お互いに気づきが得られると思います。
小川: 大学と企業では組織文化がかなり異なると思います。数多くの高校と接される中で、高校は企業的な組織と感じておられますか。
妹背: 企業は基本的にピラミッド型です。上から下りてくる指示には従って動く、下からはイレギュラーなものを上にあげる、これが企業です。高校はそうではなく、校長が指示を出したから進むものでもなく、職員会議での合意が必要なように感じています。
妹背: いっぽう、生徒との関係の面では、例えば、高校野球の慶応高校、大学駅伝の青山学院大学などの監督がしているように、信じて任せること、みんなで楽しむことが大事だと思います。
小川: そうですね、難しいことかもしれませんが、教員が生徒を庇護しすぎるのではなく、教員が腹をくくって生徒を信頼し、まかせてみることも大事ですね。


-両大学へのエール-

宮下: 最後に、両大学にエールがあれば、ぜひ教えていただきたいです。
妹背: カテゴリー4の目指す「21世紀型教養教育」(私たちを取り巻く様々な環境が激しく変化する中で、現在・将来の課題解決に必要となる基礎的素養と解決策を導き出すための世界観・価値軸を身に付けるもの)を地でいっていただいている取組だと感じています。両大学の取組を奈良国立大学機構として束ね、両大学の資源を活用し、かつ、先生方も学生も楽しいという自主性をもって、総合知育成に取り組まれていますし、複数の取組のプロセスの中にも総合知が組み込まれていると思います。年度を重ねるごとにさらに発展的に取り組んでいただけるのではないかと期待しています。
宮下・小川: ありがとうございました。